ここはイラストレーター槻城ゆう子のブログです。
お仕事情報や日々思うことを、気まぐれに書いていきたいと思います。+++2007.1.1 start+++
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奈良一人旅

御本殿の式年造替が完了してもうすぐ一年になろうというのに参詣出来ていない…!

春日大社に参拝に行かねば!

 

今やすっかりお気に入り、崇敬者と言っても過言ではない槻城一押しの春日大社さん。

迎えてくれる手水舎も参道も杜も、目にした途端にホッとする不思議。魅了された社の優美さに見惚れつつ御本殿に参拝。式年造替で御祭神が仮御殿に移られていた時にはなかった、御簾などのフル装備の設えが厳かで美しいこと。神様が御本殿にお戻りになる遷座祭前のお砂持ち神事で、神域に立ち入って本殿周辺に砂を撒いたことを思い出します…主に天児屋根様の前に…二回(笑)本殿の斎庭は20年後の、次の造替までは神職さんしか立ち入れないので、貴重な体験として思い出されます。

 

この日伺った時は、摂社の一言主神社と船戸神社と總宮神社の造替中ということで、御祭神が夫婦大國社の仮御殿にお移りになられておりました。

  

到着日は社務所にご挨拶して、神職さんに槻城の愚にもつかない質問や神社の有り様などのお話を頂いたりしたのですが、今回なんと出来たての唐菓子”餢飳(ブト)”をお分かちくださいました…!春日大社の”餢飳”!紛れもなく神饌のおすそ分け!ん?というか献饌前なので…厳密には撤下ではない?…あれ?

”餢飳”は、奈良時代に中国からもたらされ現在に至るまで、技術を持つ数少ない神職さんがお作りになり、神前に献饌されている菓子のひとつ。米粉で特殊な形に形成しゴマ油で揚げた物。(東京に帰宅後、神職さんに教えてもらった調理法を参考に有難く頂戴致しました。きめ細やかでとても舌触りの良いお餅でした。)

  

明けて、奈良旅恒例の春日大社直会殿での朝拝へ。

早朝の春日大社は、森のしっとりとした色彩が濃く、どこも絵のようで美しいです。

朝拝は神職さんたちの大祓祝詞奏上。古語の流れるような音に毎回うっとり致します。

その後、境内の摂社を神職さんたちと順拝。南門の所で参列者が頂けるお神酒をお受けした後、国宝館のカフェ鹿音で簡単な朝食をすませ、今回のもう一つの目的、風神様に逢いに行く!

今回は一人旅ということも有って、一度やってみたかった春日大社さんから法隆寺行きのバスに乗っての小旅行といった塩梅。斑鳩から先は電車を乗り継ぎましたが、途中の見慣れない奈良の景観もとても楽しかったです。

  

千早振る 神代もきかす 龍田川 からくれないに 水くくるとは(在原業平朝臣)

 

紅葉の季節であれば見事な赤に迎えられたことでしょう…。

龍田大社さんは、延喜式にも登場する由緒正しき古社の風格、それでいて素朴さも有って渋いカッコよさ。

奏上してくださった祝詞は風の神様らしい勢いを感じる太鼓付。壁のない拝殿で自然の風を感じつつ呼応する音…カッコいい。

拝殿の柱に巻かれた注連縄は、神主さんによると昨年中本殿につけられていたもので、本殿の注連縄を新調した際に取り外したものを、参拝者がご神威を身近に感じられるように飾るようになったとのこと。瑞垣で囲まれた本殿の有る内陣には、なかなか立ち入る機会がないのでありがたさを感じます。

 

風の神に参拝したら、次は水の神です。

日本書紀に、龍田大社と一対として創建されたと書かれている廣瀬大社さん。

大和川の合流地付近にあり清らかなイメージ。木々がトンネルになっている長い参道も素敵でした。砂を水に見立てた砂かけ神事が有名。

ただ、思いがけず龍田大社さんで時間を使ってしまったので、慌ただしい参拝になってしまい日暮れと共に再訪を胸に誓い退去。奈良は本当に古くて素敵な神社さんが多くて楽しいです。

  

最終日、龍田大社の神風に当たり過ぎたのか若干風邪気味の朝…。

春日大社の朝拝で、神職さんのお話中に咳き込み退席という失態…!申し訳ありません、風邪の初期は喉が直撃されるのです;

旅先で無理はできない…というわけで、予定を変えてノンビリ広大な春日大社さんの境内などを散策して帰路についたのでした。

 

それにしても、勝手に反りが合うと感じている春日大社さん。

これまで有名神社さん含め色々な所で参拝してますが、不思議なくらい春日大社さんの雰囲気が好きで、何時間でも社や森を眺めてぼんやり過ごすことが出来る気がします。初参詣は担当さんのご紹介で取材兼ねて訪れた次第。人に案内されて訪れた神社さんは呼ばれている、なんてことも言われます。これもご縁でございましょうか、だったらとても嬉しいです。

| 15:43 | | - | - |
ボローニャ旅〜「セビリアの理髪師〜IL BARBIERE A FUMETTI」3

  

ボローニャには十日間駐在し、最初の三日間はイベントでした。その後は劇場で打ち合わせを詰めたり、関係者の方にあちこち案内してもらったりもいたしましたが、そういつも誰かに同行をお願いするわけにも行きません。致し方なく簡単なお買い物イタリア語をいくつか教えてもらって、1人マッジョーレ広場に出掛けた時はかなりドキドキ致しました、だって本当に日本語しか話せないんですもの。それにお国のルールも分からない。おまけに地理もあやふや。

   

それでも通訳さんに貰った観光地図片手に、持ち前の感覚でアッチだ、とテクテク歩ける範囲で、すっかりお気に入りになって2回参詣した聖ステファノ大聖堂では修道士さん相手にお土産買ったり、日常雑貨店や市場に立ち寄ったり、宿がコンドミニアムでコンシェルジュなどいないので、食事も自前でなんとかしたりしました。備え付けの常備品もありましたが、やはり新鮮なものを食べたいわけです…エスプレッソマシンは助かりましたが。夜はさすがに1人では出掛けなかったものの、おかげさまでボローニャに暮らしている気分はなんとなく得られました。

   

部屋のバルコニーから眺める風景にも馴染んだところでボローニャともサヨナラです。ボローニャは教会だらけと言っていいほど、特に旧市街には古い教会が密集していて、朝と夕方、アチラコチラの教会から鐘の音が届きます。帰国する時は、この音が聞けなくなるのが残念に思うほど、ボローニャが好きになっていました。

   

帰国後、ボローニャとのやりとりはネット確定だったので、事前にタイトなスケジュールなこともあり、得意なモノクロ絵での提示であること、全てラフ無しの一発描きであることを了承をもらいました。責任は掛かりますが、物語を仕切るには豪腕を以て楽しむことが必要な場合があります。漫画は見た人が楽しいと感じてもらうメディアです。それは作家も楽しく作品世界に没入してこそ。

表示される際は最低でも3メートル幅とのことで、そのサイズに耐えられる絵にすることも気合と体力が必要です。

架空のボローニャで、めいっぱい生きるフィガロを描きたいと思います。

 

コンセプトを明確にするための見開き漫画。

通訳さんがセリフを訳してくださいました。有難うございます。

 

オマケ1。現地からのリアルタイムなツイート他をまとめたもの → ボローニャの旅

オマケ2。トイレの情報。現地では旧ボローニャ大学を勧められましたが、個人的にうろついた結果、市立考古学博物館/Museo Civico Archeologicoが空いていてお勧めです。所蔵品もローマの遺物が有り余ってる感じで面白かったです。

 

| 23:16 | | - | - |
ボローニャ旅〜「セビリアの理髪師〜IL BARBIERE A FUMETTI」2

海外旅行は数えるほど、日本語しか話せない槻城が無謀にも単身ボローニャへ出向いたのは、実際の街の空気を知りたかったのと、ご招待くださったボローニャ大学の方も、街を見て構想してほしいと仰ったので、そこは意義を見つけたく参った次第。

 

滞在最初の三日間は、制作発表会をしたバラッカーノ小劇場にて「NipPop 2017」の見学が中心。主に日本の漫画やアニメ、ゲームや映画などのサブカル文化を紹介するイベントで、今年は「日本の化物や妖怪がテーマ」。怪奇作品やホラー的なCMなどを考察した講座が、修道院でもあった元教会の劇場内の各小部屋で開かれたり、アーティストが地獄絵的な絵を描くパフォーマンスなどをしておりました。イベントでは、僭越ながら初めてコスプレ審査員をやらせてもらいました。レイヤーの皆様のキャラへの愛は日本人のそれと同じで、よく作品をご存知なのが見て取れて可愛かったです…いちおう知ってる作品たちでよかった。

槻城はというと、街の観察が仕事でもあったので、イタリアらしいカラッとした陽気のもと、劇場の中庭に設置されたテーブル席で通訳さんや入れ替わりに訪れるゲストさんたちと他愛もないおしゃべりしたり、ケータリングの食事をつまんだりしてノンビリ過ごしておりました。ボローニャは、フランスと近いのでオリーブオイルよりバターを使うことが多いそうです。色んな方とお話しましたが、中でも美しい日本語を流暢に話されるアメリカ人が、その場で数人を前に妖怪ミニ講座を初めたのにはびっくり。彼はカルフォルニア大学で日本民俗学を研究している、マイケル・フォスター博士という妖怪関係者で知らぬ者はいないだろう有名人でした。マイケルさんとは日本の民俗学や神道の話をしたり、観光をご一緒したり少し仲良くさせてもらいました。帰国後に小論を送ってもらいましたが、英語圏でも妖怪はYOUKAIだそうです。他にも通訳さんを交えてイタリア人女性とお話していたら、「日本行ったこと有る、熊野で御守貰った」と御守を見せてくれたので、普通に「チャーム」とか「ラッキーアイテム」と言えばいいのに「タリスマン」と口走ってしまい、なぜか「セフィロト」「エクソシズム」「カバラ」「グノーシス」などの単語が飛び交いはじめ、そちらに明るくない通訳さんをどんどん置いてけぼりして、私と女性だけでほくそ笑みあい、通訳いらずになったのは面白かったです。

   

ボローニャの中心地「旧市街」は、昔の城壁に囲まれた区域。テラコッタカラーの中世の町並みが残るとても美しい街で、13世紀頃の教会などがいくつも有って、ファンタジーイラストレーターでもある槻城は、目に入る物すべてにうっとりでした。ご用意くださったコンドミニアムも旧市街のほぼ中心、マッジョーレ広場にほど近い所にあり、古い建物をリノベーションした素敵なお部屋でした。それもバルベリア通りに。これは主催者側も気が付いていなかったみたいで、「セビリアの理髪師」だからこの通り沿いの宿を用意したの?と聞いたら、あっ!とばかりに目を見開いていました。Barberia(バルベリア)とはbarber(バーバー)、つまり床屋の事。しかもオーナーがローザさんで、ヒロインのロジーナ(薔薇)に掛かっているという凄まじい韻の踏み方なのに偶然とは…神様の結んだご縁なのかな?と、一人異国の地でプロジェクトがうまくいくように祈願したのでした。

   

とまぁ昼間はイベント見学、時折抜けては12〜13世紀には100本も建てられ現在唯一残ったという12世紀の2つの塔を眺めたり、1088年に創立されたヨーロッパ最古の大学旧ボローニャ大学で使用中の教室を見学させていただいたり、ジェラート食べたりバルのテラス席でカンパリ飲んだり、たくさんある教会を行く先々で覗いたり…郊外の丘の上のサン・ルカ教会には車で連れて行ってもらったり、本物のイタリア軍やカラビニエリ(は写真を撮ると怒られるので…)を眺めたり、見るものすべてがとても刺激的でした。常時、フィガロがここに住んでいたらどう行動するだろう…と考えるのは創作の楽しみです。

   

ボローニャで特徴的なのは、ポルティコと呼ばれる独特なアーケード。それは巡礼の道でもあり丘の上のサン・ルカ教会まで続いていているそうです。ポルティコは全長53kmとも言われていて13世紀頃?から何世紀にも渡って作られ続け、様式も装飾も色々。市内観光するだけで石造りの歴史ある建造物がそこら中にあるという、中世好きにはたまらない街がボローニャでした。あと食べるものが全て美味しい、特にハムとチーズ!

   

常々百聞は一見にしかずと思っているので、ボローニャに身を置けたのはとても良かったと思いました。

| 16:04 | | - | - |
ボローニャ旅〜「セビリアの理髪師〜IL BARBIERE A FUMETTI」1

急遽、ヨーロッパ最古の総合大学、ボローニャ大学関係者に招待され、まさかの海外一人旅。
一番驚いたのは槻城本人です。

「日本の漫画家とコラボしてオペラの舞台を作りたい」とのご相談。

 

音楽はとても好きですが、オペラはワーグナーやプッチーニを嗜む程度、「セビリアの理髪師」はフィガロがカッコいい程度の認識。しかも槻城は漫画家としては作品数も少ない寡作の作家。そもそもなぜ槻城に白羽の矢が?とは思っても、せっかくのご縁、めったにない機会にはチャレンジするしかありません。

深夜羽田発エミレーツ航空でドバイを経由してボローニャへ。
郷土熊本空港と同程度の比較的小さめの空港ロビーに、ボローニャ大学の方が迎えに来てくれました。見た目が髪色もブルネットのローマ人な方でしたので会話が心配でしたが、なんでも日本文学に携わっていて横溝正史の翻訳をされたこともあるとのことで問題なし。ビストロ?で一休みさせてもらって到着早々最初のお仕事、制作発表会です。

場所はボローニャ旧市街の南東端、バラッカーノ小劇場。古い教会を改装した劇場は、当時の壁画もそのままで趣があリました。発表会前に劇場の事務所で打ち合わせ…ここの壁にも古い十字架のイエス様の像が残されておりました…通訳さんを交えて先方のイメージを伺います。滞在中の限られた時間しかありません。私は、すり合わせ材料として粗筋や主なエピソード、キャラクターイメージ画を用意。先方の作りたい作品の形と、私が持つイメージの確認作業は順調に運び、言葉が分からなくても絵は世界共通であると感動しました。聞くとイタリアでは漫画やアニメなどの人気が高く、その日本独特とも言える漫画の書式にも理解が有るとのことでした。しかし、お話を詰めていくにつれ細かい点が明確になっていきます。

 

演奏は、指揮者でプロデューサーでもあるジャンバッティスタ・ジョコリ(Giambattista Giocoli)氏率いる小楽団。元々2時間に及ぶオペラですが、現代向けに聴きやすく短くした演奏時間とのこと。その演奏中の背景スクリーンに表示される絵を、私に描いてほしいとのことでした。そして爆弾発言いただきます。「歌手はいません」

 

オペラは、音楽にのせて歌手が舞台で歌い演じて物語を伝えます。
その歌手がいない。しかも「セビリアの理髪師」は途中で主人公の立ち位置が替わったり、一人の人物が変装したり偽名を使ったり、物語を進めるアイテムがメモ書きだったりと、絵的に非常に解りにくいのです。私「アニメじゃないと無理…」

 

久しぶりに脳内が組み替えられる感覚に襲われました。それまでは、歌があるから曲のイメージを一枚絵にして、あとは臨機応変でカットを入れて…などと考えていたのです。とはいえ、物語がある以上それを伝えなくて何が作家かと。ジャンバッティスタ氏は、楽器の音で人物を演出するとのこと。場の雰囲気も曲の緩急でわかるのでは…?となると、なんとはなしになんとか出来そうな朧げな感覚が生まれました。そこでいったん案件を宿に持ち帰り、ボローニャ滞在中に構想をやり直すことにしました。任せてもらえれば、冒険とも言える実験は嫌いではありません。

そうした濃厚な一回目の打合せ直後…出国して直行で何時間?迎えた「IL BARBIERE A FUMETTI」と題された発表会には、劇場とオペラと漫画に興味のある方々にお集まりいただいた模様。通訳さんを通し、この実験的な試みへの取り組み方などを話し、簡単なライブドローイング…概ね漫画用品(筆ペンにミスノン)と手法(アシスタントにベタを塗ってもらうなど)の説明でしたが、生で見るのは珍しいらしく楽しんで頂けたようでした。 発表会は、日本人でボローニャ在住のオペラ歌手、有光・ヴィトゥッチ・泰子さんのリサイタルで締めくくられました。(プロジェクト「IL BARBIERE A FUMETTI」)

   

この日は、ボローニャで毎年行われているという、日本のサブカル紹介イベント「NipPop 2017」の初日とのことで、開放されたバラッカーノ小劇場の中庭や、ローマ時代の遺構を改装したようなお店での各国のゲストさんたちとの交流会などに同席させて頂きました。大学主催の日本交流会だからでしょうか、あきらかに欧米人という方々がこぞって流暢な日本語でお話くださるので、日本語しか話せない槻城も割と気兼ねなく過ごさせて頂きました。

| 15:35 | | - | - |
諏訪〜綺羅の御柱祭

念願叶って行ってきました!
御柱祭の日程が複雑なこともあり、これまで躊躇していましたが、今年を逃すと七年後!そんなに待てない! …というわけで、長野県の小野神社(塩尻市)と矢彦神社(上伊那郡辰野町)、隣接した共に諏訪大社の二の宮同時開催の御柱祭です。

御柱といえば諏訪大社が有名ですが、こちらはその翌年に行われるお祭。「人を見るなら諏訪御柱、綺羅を見るなら小野御柱」と言われたことで知られています。

 

駅から歩いて先ず見えたのは矢彦神社。すでに境内でラッパで調子を取りつつ引き上げられる御柱が見えました。どんどん斜めになる柱に乗る男性陣が威勢良い。初めて見る光景に圧倒されつつ、人混みを抜けて直ぐ隣の小野神社へ。神職さんに坂の上から御柱が降りて来ると教えてもらい、そちらに向かうとオンベを持った氏子さんに遭遇、友綱をお借りして氏子さんらの合間に入れてくださることに。そしてなんと四之御柱を引かせて頂けることに…!

この日、単身乗り込んだヨソ者槻城は、氏子さんらに何度となく「東京から?このお祭を見にわざわざ?」と聞かれ、「朝イチの特急あずさで来ました!」と答えていたからでしょうか、暖かく迎えてくださって感謝です。

 

次々と引き継が得れるように歌われる木遣「ちかーらを〜あわ〜せ〜ておね〜がーいだ〜」の歌と、威勢のいいラッパで調子を作り御柱を引っ張ります。長い御柱を引き入れるには然程余裕がない境内、時間をかけ進路を阻む木々に「挟まれないように気をつけろ!」の声がけしつつ、定位置まで御柱を持ってこれた時にはお昼。この調子で数日掛けて両神社合わせて八本の御柱を建てるのでなかなかに大変です。一旦休憩して立てる作業は午後になります。

槻城が引いた四之柱。

この間に、展示室や普段は立入禁止区域の斎庭を見学。
祭仕様の本殿たちの佇まい…この日だけの装いに感激。

 

神域の厳かな空気…とても居心地が良くて境内をウロウロしておりましたら、”建て御柱”の時間になったので自分が引いた四之御柱の元へ。 すでに氏子さんらが集まりつつありました。「よいと〜まーけ、どんど〜んまーけ」「うじ〜この〜みな〜さーまおね〜がーいだ〜」と代わる代わる謳われる中、御柱が垂直まで建てられます。そして歓声。

憧れだった小野神社の御柱祭、感無量に浸っていたら、朝一緒に四之御柱を引いた氏子の女性が気付いてくださって、朝からずっと祭りに参加した記念にと、氏子の木札を下さいました、すっごく嬉しかった。 さてと、朝お借りした友綱をお返ししようと社務所の方へ戻りましたら、氏子のおじさまたちが御神酒でいい感じになっていらしたので、友綱の持ち主を探していると告げると「縁起物だから持って帰りなさい、どこから来たの?東京?朝から?あずさで?この祭のために?」と、お祝いの枡にたっぷりの御神酒を注がれつつ、朝と同じ内容をお答えしていたら「枡あげるから宮司に書いてもらいなよ」と、社務所の宮司さんをご紹介くださって御神酒を飲み干した枡に御朱印を頂いてしまいました。しかも「これもあげるわ」と二つ目の木札まで。

 

小野神社の氏子さんたちはとても優しかったです…祭の有り様にとても感激しました。この木札を持って次の御柱祭に参加できたらいいな。

| 23:33 | | - | - |
高千穂〜天孫降臨の地

熊本への帰省ついでに郷土の友人らと南阿蘇を抜けて高千穂へ。

阿蘇山の景観を楽しみつつ、先ず到着したのは白川吉見神社。 白川吉見神社のある白川水源は熊本水源のひとつ。澄んだ白川の水は熊本市内に有る熊本城の前を通り有明海まで流れている…が、当の神社は社務所がなく参道に建ち並ぶ商店の皆さんが盛り立てているみたい。拝殿に御朱印が置かれていたので自分で御朱印帳にポン!しました。お店の方に聞いたところ、御朱印は一関八坂神社さんで書いて頂けるそうですが、来た道を戻ることになるので今回はセルフで我慢。参道の水源茶屋さんの湧き水で淹れた珈琲(&試食を色々出してくださいました)を頂き出発。

 

白川水源の透明度の高い湧き水、水底の揺れる砂まで確認できます。

阿蘇と高千穂は神の里というくらい神社や遺跡が多い所。高千穂への道すがら、以前から参拝したかった草部吉見神社へ。ここは珍しい鳥居より社殿が下にある日本三大下り宮のひとつ。下り宮は昨年の群馬県一之宮貫前神社以来、あと一社は宮崎県鵜戸神社…いずれ。

草部吉見神社も由緒ある古社ですが、お手入れはされているものの無人社で閑散としていました、祭でもなく平日なので致し方ない。しかし境内から更に下った龍神沼など、大変興味深い散策となりました。一人じゃきっと足を踏み入れられなかっただろう…雰囲気ありすぎて。(恐い;)

古い神域を満喫した後、Google Mapsにも載っていなかった近くの関連各所を地元の方々に訪ねながら、農道とも言えないような狭い…道?の先々を巡り巡って高千穂に着いたのは日暮れ前。

ドライブと言うにはあまりにも過酷な行程に疲れた友人たちを気の毒に思いつつ、ホテルの人にオススメされた居酒屋けんちゃんで夕食。店内に飾られた高千穂神楽の紙に切込みを入れた彫り物に期待が高まります。テーブルに並んだ高千穂牛や宮崎名物チキン南蛮、地酒の焼酎などに舌鼓をうち、酔い覚まし兼ねて高千穂神社まで散歩。10分ほどで到着した神楽殿で毎晩奉納される高千穂神楽(20時〜所要時間約一時間)を鑑賞。高千穂で神楽といえば夜神楽ですが、11月〜翌年2月頃まで各町にて33番を一晩中通しで舞われる長丁場。その簡易版がこちらの神楽殿で観ることが出来ます。

槻城が鑑賞した神楽は、天の岩戸や国生みなどのエピソード。イザナギが観客の女性と絡んでイザナミに叱られるなど、演技でお話が判る明快なコメディで面白かったです。終了後は夜の神社に長居するものではないので、すみやかにホテルに引き上げ、久しぶりに会った友人らと呑みながらだらだらトーク。

 

旅の朝は割と早い。

あらためて高千穂神社に参拝し、周辺の主要神社や史跡を巡り予約していた神楽宿さんでランチ。古民家作りでお座敷には高千穂神楽の彫り物が設えられており、夜には神楽が舞われることもあるとのこと。

 

午後は高千穂から更に奥、天岩戸神社を目指します。こちらは天岩戸伝説の神社さんで、社務所に申し出ると神主さんの案内で説明を受けながら参拝することが出来ます。説明によると拝殿から望む川向うの崖が御神体で、古くは洞窟があり若かりし頃のアマテラスが暮らした…と神主さんがお話しされていました。今は崩れてくぼみがあるだけに見えました。

 

そして、天岩戸のアマテラスといえば天安河原。天岩戸神社からテクテクと川沿いに歩いて行くと、森と岩の渓谷の先に巨大な洞窟仰慕ヶ窟(ぎょうぼがいわや)が見えてきます。存在を知った時から来たかったのでゼーゼーいいながらもなんとか到達。木と水と岩の手付かずの自然に中、大きな洞窟の内に小さいながら社と鳥居が建てられています。周辺にはたくさんの石が積まれていました。特に石を積む謂れはないそうですが、別の神社さんでも同じ現象があって神主さんが石を積むのは人の性かもしれませんね、と笑いながらお話されていた事を思い出しました。人は石が積まれているとつられて積みたくなるらしいです。

澄んだ空間でとても居心地が良かったけれど、程々で天岩戸神社へ戻り対岸の東宮へ。天岩戸神社の御神体である洞窟に、最も近づける七本杉から身を乗り出し一人ワクワク状態でしたが、人影も無く友人らもここまではついて来てくれなかった(笑)人だったアマテラスの伝説なんてこの地くらいじゃないかしら?なぁんてうっとりしていたけれど、友人らも先を急ぎたかったようなので一礼して退去しました。

 

最後は、近くの永の内の八大龍王水神社と馬生木の八大龍王水神をお参り。氏子さんから聞いたのですが馬生木は水神であって八大龍王ではないとのことです。ネットでは混同されたうえ両神社を夫婦神扱いされている書き込みもありますが、お世話をされている氏子さんの気持ちを汲みたいと思います。八大龍王神社はうねった木々が鬱蒼と取り囲む小さな神社ですが、実は拝殿の裏に小さな祠が有ってこちらが本殿のようです。もちろん写真は禁止されておりますが、撮る気が起きないほど神聖な雰囲気でした。無人社ですがとても大事にされている感じがありました。

さて、夜には熊本に戻らねばなりませんので、後ろ髪惹かれつつ高千穂を後に致しました。迂闊なことに薄暗いと足元が宜しく無く、泣く泣く諦めた所があるのでいずれまた。

毎回弾丸ツアーに付き合ってくれる友人らに感謝です。

| 14:10 | | - | - |